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2021年9月

2021年9月30日 (木)

タイミングとか運命とか

母の介護申請が通り認定された。地域の包括センターで紹介していただいたケアマネージャーさんに、母の要望を伝えながらデイサービスの事業所をいくつかピックアップ。自分でも実家近所の事業所を挙げて、母とともに4箇所見学に行った。

百聞は一見に如かず、抱いていたイメージとは違って明るい笑い声が響く空間で、活動の目的こそ違うけれど、学童保育や児童館、放課後スクールに保育園っぽい面を加えた運営がされているように感じた。見学をしながら、利用者の方の様子とか、コミュニケーション、職員の方の関わり方などけっこうシビアに見定めてしまう自分がいたけれど、全部見終わったあとで母と話をしたところだいたい同じようなところが気に入ったようだったので、本人の意向でお世話になるところを決めた。

母は、自分の認知機能が衰えていくことを日々自覚しているようで、自信をなくし、自尊感情が下がっている。感情はずっとかわらず残っていると認知症関連のどの本にも書かれている。だからm、子供扱いはしないし、記憶が混乱しているだけで、判断する力はまだ残っているようだ。ただ自信がないから、不安で前に進めない。接し方や励まし方は前職でやっていたことと非常によく似ていると思う。やれることはやらせる。そのかわり待つ。迷っているときは前に進めるように声をかける。このあたりはうまくできるが、イラッとしない、またイラッとしてもそれを表に出さない、というのが家族だと難しいと感じる。まだこれから、です。

退職したのは絶妙のタイミングだったようだ。仕事をしながら介護をしている方はたくさんいるけれど、あのまま仕事をしていたらけっこう大変で自分にはうまくできなかっただろうな、と思う。

自分自身の今後のこととしては、少しは稼がなきゃという思いとは別に、何か社会の役に立てることをしたいと思っている。そんな動きの中でちゃんと自分の業績を生かすことのできる道が開けるような感覚があり、やはりこれが自分にとっていいタイミングだったのだと改めて感じるこの頃。自分を卑下しすぎることなくアピールすることを学んだのも、一人一人の相手としっかりコミュニケーションをとることができるのも、みんなこれまで教員としての経験があったからなんです。そして、島でたった二人の教子と3年間濃密な教育活動を行いながら過ごしたことが自分の仕事のまとめであったのだと今はっきりとわかります。

今後、もう少し前に進むために、勉強もしなきゃなあ。そして、何より運動力激減なのははっきりしているので、この秋始めた朝ランを続けます。緊急事態宣言も開けるので、居酒屋8も。走って、漕いで、歩いて、作って、学んで、旅して、飲んで食べて語り合って。自由だなあ。31435097907e72a92bdfc6300d8b48fc34ce2991

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2021年9月19日 (日)

介護ことはじめ(同じようなどなたかのための備忘録的なもの)

実家のすぐ近くに車椅子マークの車が停まっているのを見かけることがあり、以前は普通のお宅だったところが最近は高齢者のグループの施設かなにかになったのか、と気づいたのが数年前。無意識に前を通っていたその場所に母と一緒に見学に行ってきました。

そこは、介護保険制度で、要介護に認定された利用者の方が送迎付きで通ってくるデイサービスを行っている事業所のひとつです。母は、わたしたち子どもが訪れる時以外は、人との関わりがほとんどない状態で暮らしています。コロナ以前は、電車に乗って月に1回は習い事に行っていましたが、コロナで開催中止になったことがきっかけでそれもやめていましました。本人も言葉を忘れてしまう、と話していますが、何日かおきに訪ねて時々泊まって帰ってくるだけでも、認知機能の衰えを感じる出来事がたくさんあります。そして、何より外出しなくなったので運動不足。太ることはない家系のようですが、運動しないから認知機能も衰えるし、食べることにも他のことにも意欲がない。家族以外の人と会う場所を探そうということで、動き始めたのが初夏に差し掛かる頃でした。

地域で行われている講座などの中から、母の意向に合わせて合唱か健康体操に入れてもらおうと、まずは地域のケアプラザに電話をしてみました。話を進める中で、今後のことを考えると、自力で通うよりも、介護申請をして認定を受けた上で、送迎付きで体の様子を専門的な目で見て家族に連絡してくれたり、リハビリ的なことをしてくれたりするサービスを利用することを勧められ介護保険の申請をしました。

老人性の鬱だったであろう時期があったり、父が亡くなって一人になったり、コロナで行動範囲が狭まったり、していましたが、衣食住の生活は補助なしでしているので、なるべく環境を変えないでできることはやってもらい、その代わりすこしずつサポートを手厚くして対応していこうと考えていました。だからまた介護認定などは少し先のことかなあと。

6月中旬に地域包括センター(ケアプラザ)に初めて電話で相談。上記のような内容のことを言われる。

6月22日母を連れてケアプラザへ。認知機能の診断を受ける医療機関を紹介される。

6月29日クリニック受診→2週間後に再診(薬の様子をみるため)

7月6日役所の方が書類申請のための聞き取りに来訪。母に質問をして話を聞いてくれたり、知能検査のような雰囲気の認知機能を調べるテストを少し。申請した結果が郵送されてくるまでに1ヶ月ほどかかるとのこと。

9月10日介護認定の結果が郵送されてきた。ケアマネージャーさんに心当たりはないので、家族と相談してケアプラザで紹介してもらうことにする。また、要介護1。週末に今後できることや手続きなどを調べる。デイサービスの事業所を決めることになることがわかったので、以前いただいていた「ハートページ」やネットで情報を集めるが、入浴とかは今はできているからいらないのではないか、とか身体機能はあまり問題がないので果たしてこれらのサービスが母に合っているのかどうかわからない。(この段階では自分でさがさなければいけないと思っていた。)

9月13日ケアプラザ担当者に認定結果を電話連絡し、ケアマネージャーさんを紹介して欲しい旨伝える。同日中にケアマネさん紹介してくださる。ケアマネさんからも電話連絡があり、訪問して書類を作る日程決定。

9月14日ケアマネージャーさん来訪。書類作成。母の話を丁寧に聞き取ってくださる。デイサービスの事業所のパンフレットをたくさん持ってきてくださった。自分たちで決めるのではなく、利用者である母の状態に合った事業所を紹介してくれるので、まずは見学して気に入ったところに申し込むという手順で進んでいくとのこと。パンフレットを見ながら母と見学するところをいくつか決めた。見学の申し込みもケアマネさんがしてくださるとのこと。自宅のすぐ横にある事業所については紹介されなかったので、こちらから話してリストに入れてもらった。

9月15日見学を申し込んだ事業所すべてから電話が入り、見学可能な日程などを提示された。母と見学予定を立てる。

コロナ禍の影響と思われるけれど、申請してから結果がくるまでにかなり2ヶ月かかった。現在2カ所見学に行ったところ。見学してみて、児童館(学童クラブや放課後スクール)の運営の仕方とよく似ているという印象を受けた。母も事前にもっていたイメージとはまったく違っていたそう。1つの事業所では体験参加させていただき、久しぶりに家族以外の方とおしゃべりができて楽しそうにしていた。どの事業所でも利用者の方が「楽しいわよー」「待ってるわ」と声をかけてくださりありがたかった。

 

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20210915朝ラン

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今回はマスクを忘れずスタートしました。当面20分走ることにしたので、アプリ「ナイキラン」を前回と同じ初めてのランにセットして走り始めました。目標は、カヤックのゲレンデの公園の早朝の様子を見てくることと、20分走り続けること。うちの周りは味気ない道路ばかりなので、その中でも良い道を探すこと。以前走っていたときのコースは海方面ではなかったので、新たにコースを模索することにしたのです。

そんなわけで、軽く準備運動をしてから目的地の人工浜方面ということで西に向かいました。前職でも冬場は5分間走をしていたし、カヤックでも山でも、わりとゆっくりペースなら、最初から最後までバテずに運動し続けることが得意なのはわかっています。だから、体感で自分のペースで無理なく20分あまり歩いたことのない道を20分走りました。お兄さんのガイド音声が完走を称賛してくれたところで止まって、大きな道路に出てみると、目的地にしていた公園よりかなり西、ほぼ蒲田まできていました。車で通る時はまだ「近所」とは思わない場所です。まあいいや、とそこからは、歩いて人工ビーチの公園へ。そしてそこから自宅まで歩いて戻りました。最近朝ドラ「おはようモネ」を見始めたので、走ってモネを見ながらコーヒーとパン、なんて思っていましたが、既に終わっている時間でした。1時間半もかかってしまいました。

おまけに、走り終わるまではなんともなかったのですが、歩き始めて30分ほどたったら左の股関節の後ろ側のお尻の筋肉とハムが痛い。歩道で止まってはストレッチしながら、汗だくになって戻ってきました。自分の無計画さにあきれますが、おそらく20分走れば人工ビーチまで行かれるので、次回からはそのようにします。海を見ると自然に笑顔になります。

このあたりは昔は海苔をとっていたところです。竹馬みたいな下駄で海に挿した竹についた海苔をとっていたそうです。このあたりから埋立地の先端の方までたくさん公園があり、キャンプができるところもありますが、今は閉鎖されています。

足腰の筋力もですが、肩甲骨周りと肩まわりをゆるめることと、全身の連動を意識してスキーとカヤック にもご利益がありますように!!1

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2021年9月11日 (土)

20210910 ラン

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母の安否確認も兼ねて、毎朝電話をもらうことにして早3年以上。毎日5時にかかってくる。わりと朝早く出る仕事をしていたので好都合でした。アルバイトがないと、さすがに早すぎて二度寝してしまうこともしばしばでしたが、友人たちの”run done”のつぶやきに促され、体力維持のために走ってみることにしました。まずは速さより一定の時間走ることにして走る人用のアプリをダウンロード。2011年に10キロのレースに参加したときは、アイポッドナノでやっていましたが、今はすべてスマホですね。ただ、スマホは重いし大きいので腕につけるものとか、何か用意しないとポケットではとても走りにくかったです。ナノにもどしてしまおうか、と思うくらい。ナノは小さくてよかったから。

いつものトレーニングウェアで外に出て走り始めると、なんかいつもと違う感じ。あ”ーーー!マスクをしていない!!朝だったのでまだあまり人はいませんでしたが、それでも駅に向かう人がちらほら。俯いて隠すようにして一旦家に戻りました。エレベーターに乗ろうと思ったら人がいたので、階段で。マスクをつけ、再出発。アプリを停止し忘れたのと、ロスタイムが発生したのとで、コースを変更してほんの少しだけですがまずは踏み出すことができました。ナノにも入っていたナイキランというアプリを使いましたが、今のは、爽やかなお兄さんの声でずっとしゃべりかけてくれるんですね。これは続くなあ。トレーニングに通いながら週3回くらい走れたらいいと思っています。まずは20分からでした。

画像は、お世話になっている美容室のサービスでいただけるもの。最近は、美を体全体で捉えるようになっているみたいですね。

 

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2021年9月 9日 (木)

20210909  手紙

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1週間ほど前、手書きの手紙とはがきが同時にポストに届きました。1通は遠方にいる学生時代の先輩から。1通は元同僚の後輩から。どちらも手書きで、すてきな切手がはってありました。顔や声が思い浮かび、温かい気持ちになり、再会を約束する言葉にいつになるかわからないけれど会える日が来たら絶対に会いに行こうと思うひとときでした。

ポストに入っているのは、「家を売りませんか」とか「不用品買取ます」とかのチラシ、水道修理のマグネット、定期購読している冊子、サザンのファンクラブ会報、カードの利用明細、その他の広告がメインになって久しいけれど、毎日チェックしないと溜まってしまうから帰宅時にはポストを開けるのが日課でした。ところが、コロナ禍になり、ポストに入るものが郵便やメール便のみになり、ポストはすっきりしていますが、反面友人と会えないのでものを送りあったり、思いがけない贈り物が届いたり、そんなやりとりが少し戻ってきています。

転勤で引越しの多い子ども時代を過ごし、大学から一人暮らしを始めた自分にとって、手紙はいつも身近な存在でした。携帯電話やメールがなかった頃はしょっちゅう手紙を書いていました。社会人になり、忙しくなると手紙を書くことがぐっと減ってまもなくメールやパソコン通信、チャットやSNSが次々と身近になり、その即時性や同時性が面白くて手紙とはどんどん疎遠になりました。

子どもを言葉の使い手という側面で考えたときの、教育的なアプローチを長いこと考えていましたが、育ってほしい将来の姿として、生活のなかでちょっと手紙やはがきを書くような人、というのがありました。今の時代には合っていないと思いますが、自分は少しずつメールより手紙に戻っていくような気がしています。時代の流れにのって、各種SNSも楽しんできたし、今も楽しんで便利に使っています。この人にはこのレターセットを使おうとか、今の季節ならこの切手を使おう、とか考えるのもまた楽しいです。気に入った記念切手が発売されると収集のためではなく使うために買ってストックしていました。今も手元にきれいな切手があります。今の郵便の値段に合わせて切手を組み合わせたり追加したりして使っていますが、手書きで手紙を書くことの豊かさを改めて感じるこの頃です。

 

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2021年9月 8日 (水)

20210908 フレ幅

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昨日は、本章スタート第一日としては、まずまずの1日だった。

家事をしたあと、実家で昼食を作って家族で食べ、その後帰宅して、すぐにトレーニングへ。

島に行く前にやっていたトレーニング。当時体幹やバランスがかなりよくなっていたのですが、島生活、戻って落ち着くまで再開できずにいたらコロナ禍で中断。退職してからカヤック旅に向けて再開。経済的なことを考えて以前はほぼ週1で通っていたところ2週に1回にすると、毎回行くたびに、息が上がる始末。そして、動きのポイントなども忘れてしまい、思い出すことで時間をとられていることを自覚。そこで、家で少しやろう、と思い立ち、バランスボールやストレッチポールに乗るようにしていた。ところが、オリパラのアルバイトが始まってから、なかなかやらなくなってしまい、また振り出しに戻っていた。バイトが終わったので、自分の弱いところをほんの少しやるようにしたら、昨日はその成果を感じることができた。モチベーションアップ。しかし、足裏にしっかり乗って立つという人間の基本のところが鈍っている。これを回復させないとスキーもぼろぼろだろう。トレーニングに通いながら家でも細々と続けるようにしよう。

写真のイケメンたちは、C.I.A(キューブ・インフィニティ・アーティスト)のもの。
2019年夏にたまたま出会った、「ぼくはまだ君を愛さないことができる」というドラマですっかりファンになってしまった白洲迅という俳優が所属する事務所の若手俳優男子のグループ。白洲迅を応援している中で知り、イベントや動画を見ているうちに、いわゆる箱推し(グループ全体を応援すること)になった。甥を応援するのと近い気持ちで見守っていたが、どうやら「担任」の方が近い気がしている。このグループ内でのオーディションの動画をみたりすると、競争はある意味大切なんだなと思うが、それ以上に、一人一人の表現に対するキメ、コミットの度合いやヴィジョンの有無を見て、表舞台を見て、ほんとに一人一人の個性に合わせてがんばれーという気持ちになっている。年末に総出演のライブ(みんな俳優なので、俳優がやるライブというところにこだわりがある)が無事開催されることを祈っている。白洲迅、ブレイクする、する、と言われ続けているけど、今後どうなるのか見守りたい。いずれにしても、自分が、こんな風に沼にはまるとは思っていなかった。以前THE X-FILE(海外ドラマ)にハマって主演俳優を好きになり、英語のサイトも巡回していた頃以来のことである。この時も、ケーブルテレビで早朝に放送されていた字幕版と吹き替え版を連続で見てから仕事に行っていたのを思い出した、意外とオタク要素あったのかも?

 

さて、本日のメニュー

キッチンの掃除 本の整理(昨日できなかった) 美容室 手紙に返事を書く 友人のプレゼント発送 

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2021年9月 7日 (火)

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オリパラの選手村ダイニングでのアルバイトが終わった。

SNS、写真NG。守秘義務もあったので多くは語れませんが、自分としては労働というものについてたくさんの気づきがある2ヶ月だった。

自分で時間割をつくる日々の序章が終わった感覚である。

ヒールフリーのテレマークスキーは、板をしっかり踏めば楽ちんで楽しくてなおかついろんな斜面に対応できる、でも時には前にも転ぶ不安定さもある。退職して自由の身になったこの生活はヒールフリー的要素も自分で行き先を決めて出るも出ないも判断して自分で漕いで進むカヤック的要素もある。

きょうから、本章に入るような気持ちで暮らそうと思う。

きょうのメニュー

1洗濯 2車 3実家 4車 5トレーニング 6役所 7本の選別 8研究会の確認 9読書 

画像は本文と関係ありません。なんでもない日常こそ大事だな、ってことで。

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