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2021年1月

2021年1月14日 (木)

雪と塩と波

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先日、仕事でアーティゾン美術館に伺い、ギャラリートークを聞いた後で鑑賞。モネの水蓮や、琳派の雷神風神など見応えがあった。所蔵作品を海の波というテーマで展示してあり、大変面白かった。モネの描いた波は、カヤックでは絶対こんな中を漕ぎたくないなあと思わせるような波だった。言い換えるとリアルにありえそうなものだった。日本の屏風絵の波は、デフォルメされた文様に近い表現だったけれど、こんな海にはカヤックは浮かべようとも思わない、というくらいの大海で大波であった。仕事中だったけれど、心が豊かになるよい時間を過ごすことができた。

そして、見つけた絵が上の画像。いろんな意味で親近感を覚えたので写真を撮ってみた。

プライベートでも再訪したいと思っている。

職場から徒歩でアクセス。雪の予報が出ていたので、コロナ禍の中貸し切りで開催してくださることになったものの、本当に行かれるのだろうか、と心配されたが、雨も降っていない。「さすが、私晴れ女」なんて思っていたら、観賞後外に出ると雪がちらついていた。途中から雨に変わった。今シーズン私としては初雪だった。

そして、この日、仕事帰りに途中までウォーキング。その結果、スマホの歩数が12450歩。

実はこの歩数には、職場に到着してから、職場内での歩数は含まれていない。毎日、出勤後は、スマホを身につけていないからである。そんなわけで、美術館に行った翌日、初めて職場内でもスマホを身につけて一日中過ごしてみた。職場内で歩いた歩数は8500歩ほど。意外と歩いているんだなあ。そんなに運動している感覚はないけれどね。

なんか、無理やりなブログだな。まあ、こんなのもありってことで記録です。

 

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2021年1月10日 (日)

自分スタイル

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以前出会った同僚で、定期考査の日と3学期は毎日ネクタイをしめて仕事をするとう人がいた。卒業やその学年の締めくくりである3学期と一定期間の学習のまとめであるテストの期間は、自分も児童生徒たちも気持ちを引き締めることをねらったのだと思う。

新人の頃から、外部の方との予定がある日はそれなりにきちんとした格好で出勤しているが、ここ10年くらいは突然対応しなければいけないことが起こっても対応できる程度の服装を心がけている。置きジャケットも一応用意してある。服装は気分を上げたり引き締めたりするし、気に入ったものを着ていたい。だから、仕事着はこれ、みたいに、職場に着いたら制服を着るように置きジャケットに着替えるのは緊急の場合のみにしている。若い頃は奮発して買ったスーツはここぞ、という日に取っておいたが、最近はなるべくじゃんじゃん着る。家から着て行き特別な不都合がない場合はそのまま過ごす。鬼ごっこくらいならそのままするし、ロッカーの上に乗って掲示物を貼り替えるくらいの軽作業もそのままする。デスクワーク中心ではないし、子どもが動いているし、狭い机の間をペンを持ったまま動くことも多い。だから、ひっかける、ペンがつく、スリットがほつれる、なんていうことはしょっちゅうである。それでも、いいということにしている。(もちろんほつれたところは修理しますし、しみぬきもしますが、それを遅れて着ないという選択はなしということです)

 

島に赴任する時、退職まで島にいようと考え、こちらに戻ってくる時はもう仕事着は使わない生活になると思っていた。だから、好みのスーツなどは全部持って行き、残ったものの多くを友人(とそのお嬢さん)に引き取ってもらった。もうこれで、スーツは買わない、と思っていた。今も基本的にはそうなのだけれど、物欲が下がっているとはいっても街に住んでいると時々衝動的に買い物をすることがある。洋服の場合、仕事以外でもつかえるものを買うようにしているけれど。今まで異動の際に、その時の自分にとってちょっと思い切って手に入れたスーツがある。着倒してやむなく処分したパンツが1本、スカート丈が短すぎてセットでは着られなくなったものがあるけれど、そのほかはすべて健在、今も活躍している。

今年は、今まで以上にきちんとした服装で働くことも続けたいことのひとつである。そして、アクセサリーなどあってもなくてもいいものは省略しがちになっているけれど、仕事に邪魔にならない程度に取り入れて、外側からもテンションあげたい。

子供のいる仕事始めの日、ファッションだけでなく子供に対する自分スタイルを再確認した。どう見られるか、とか、セオリー通り、とかでなく、相手を見ながら考える。泥臭く潔く根気強くやっていくスタイル。考えて決めたら貫く。考える段階でオープンに相談する。そして、おこがましい言い方をすれば、若手に伝えたいことを入れてもいる。

画像は、学芸会の日。裏方なので濃紺で黒子に。

 

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2021年1月 5日 (火)

ことばの力

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新聞は紙面で読むのがいい。

元旦は、のんびり隅から隅まで朝刊を読んだ。いつになく、言葉に関する記事が多かったように思う。コロナで行動が限られ、人々が生活の根源的なところに目を向けているということなのかもしれない。

元旦は、全面広告が多い。広告にはもれなく新年にふさわしいような言葉が並びメッセージがある。記事よりも文字が大きく、少なく、目を引くのでこれも全部読んだ。授業のネタとして、とりあげたくなるようなものがたくさんあった。「あなたは、どの広告が心に響きましたか?」といった直球での教材にもなりそうである。

新年のメッセージに、明るい未来を信じられたり、ほろりとしたり、エネルギーが湧いてくるような言葉をもらった。さらに、やはり、言葉を核にして仕事をしたいし、ずっと言葉に関わっていたいと意識した。

広告。大企業がかなりのお金をかけて、プロが考えに考えた言葉と映像とで作ったイメージ。そう思うとちょっと冷めるけれど、でも言葉のもつ力を改めて感じた。こうやって書くことで自分を整理し確かめているけれど、ブログとして公開することで、心地いい言葉やかっこいい言い回しで言葉に酔ってしまわないように、などごちゃごちゃ考えた元日だった。

 

退職したら新聞はデジタルから紙に戻そうと思う。

 

いろいろ書きたかったこと、の1つ了。

冒頭の画像は、磯子の海。

 

 

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2021年1月 4日 (月)

ぼくにできることはまだあるかい

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島に住んでいたとき、東京の映画館で「君の名は。」を見た。島の子供たちと一緒に上京する機会があり、子供たちのリクエストで見た。美しかったし、楽しめたけれど、感受性が10代のようにみずみずしくないからなのか子供たちがよかった、というほどの感動はなかった。

島での生活が終わり、東京に戻ってきてから、「天気の子」に興味をもったのは、「君の名は。」を見たからだし、どちらもちょっとだけ島がモチーフになっていたからだった。映画を見たい、というより、物語を知りたかったので、本を読んだけれど、映画「君の名は。」以上に心惹かれるものがなかった。それで、映画も見ていなかった。

 

「先生、○年の**先生と同じで、みんなに嫌われてるよ」

昨年のある日、破壊力のある言葉を投げかけられた。いろいろな背景は省略するけれど、さすがに凹んだ。言った本人の意図(があるかどうかも含めて)はわからないけれど、数分後に同じ子が「先生〜、あいつらが、ぼくのことゴミって言ってくる。なんとかしてください」と言いにきたことを考えると、表面的に言えばかまってほしかったんだなあ、と今は思える。その時は、子供と同じところで、人を傷つけることには無神経だけど傷つけられることには繊細であることに憤りを感じていた。それでも、仕事だから、それはさておきもちろん勉強はわかるまで教えるし、雑談だってするわけで、ある日、何かのきっかけで、「天気の子」の話になった。先生嫌われてるよ、の彼が「あれは、絶対本で読むより映像で見たほうがいいよ」と力説した。11歳が言うことだから、誰かの受け売りかもしれないけど、へー、そうなのかー。今度見てみるわ、という会話を交わした。

本日テレビでやってたので見た。彼の言ったとおり、小説より映画のほうがずーっとよかった。わたしの想像力があの世界観についていけてなかったのかもしれない、とも思った。

小説を読んだときは、まだコロナなんてなかったけれど、今の世の中の状況とリンクするところがあるから響いたのかもしれない。よく知っている風景がたくさん出てきたので入り込みやすかったのかもしれない。

新年を迎え、旅にも、雪遊びにもでかけず、友達とも会わず、親の老いと、視野に入ってきた職業人としての終末と向き合いながら、いろいろはっきりしてきた。

わたしにはまだできることがある、と思える自分がいる。職業人としてずっと同じようなことで悩んでいる。若い相棒が「悩まなくなったら終わりですよね、この仕事」と言っていたけど。悔いを残さない。1時間1時間を、一人一人を大切にする。シンプルだけど、これに尽きるような気がする。

 

書くこと(=言葉にすること)も自分にとっては必要な手順なんだな。2021のテーマ:計画することと続けること。

 

 

 

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