歩道橋にまつわる話1
子供のころ通学路にあった歩道橋がなくなる、と聞いて慌てて行ってみました。4箇所ある階段の3箇所はすでに取り壊されていて、もう渡れなくなっていました。最後に渡ったのは、都知事選の日でした。
交差点を斜めにクロスする形のこの歩道橋は転勤族で全国を転々としていた子供時代のよりどころであり、象徴であり、地元を語るときにはずせないものです。
学生時代、国文学の授業で童話を創作する課題がありました。タイトルや内容の詳細は忘れましたが、歩道橋の上からの景色をモチーフにしたことだけはずっと覚えています。
片付けをしながら、当時同じ授業を取っていた学生の創作童話集を発掘し、手書き、藁半紙の冊子を開いてみました。
作品は思いばかりが先行していて、プロットがしっかり固まっていないひどいものでした。今でも覚えているモチーフがいくつもあるのですが、言ってみれば全部入りになってしまっていて、物語としての魅力が見つかりませんでした。
が、お宝発見!
「研究は別といて、創作は若い時ほど豊かな発想を盛り込むことができ有利のようです。創作技法・技術の問題もむろんあります。しかし、より大事なのは、自らの夢をはぐくみ、大きくしていくことです。現実がきびしいと夢が育たないなどと言う人もいますが、そうではなく、きびしい現実を打開するためにも夢が必要なのです。」
この授業の担当だった関口安義先生が、手書きで寄せてくださった文章の一部分です。
「きびしい現実を打開するために夢が必要だ」昭和だったころのきびしい現実と、今のきびしい現実は違うけれど、根の部分は同じなのかもしれない。今かかわっている場所で、かかわっている人の夢の種をまいたり、育てたりしようと思う。
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