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2017年3月

2017年3月27日 (月)

めまぐるしい日々

島の学校は(うちだけかもしれませんが)、修了式の後に離任式(異動で去る先生方とのお別れの式)を行います。

24日、修了式後、一旦ヘリポートへ。1年半お世話になった駐在さんが異動で離島されるので、みんなで見送りです。その後、学校に戻って離任式。
3月に入ってから子供たちは、なんとなく落ち着かないような感じがしていました。毎年、この季節に別れがあるということをわかっているからなのだなあと思います。そして、その別れに対する思いは、わたしたちが簡単に「寂しいよね」なんて言えないものなのだろうと感じています。しかたないことであるけれど、それがこの島ならではのことで、それが、やるせなかったり、憤りだったり、憧れだったり、劣等感だったり、想像はできて共感できても、「でもあなたにはわからないよ」と言われているような気がするのです。子供達の姿からそんなことを感じました。
島を舞台にした映画「アイランドタイムズ」の挿入歌「旅ゆく君へ」(ちめいど)の歌詞「ふるさと」の部分を「青ヶ島」にかえてヘリポートにいる全員 で歌った後、離島する方が挨拶するのが一つの儀式のようになっています。この儀式が終わると、保安検査をして、いよいよ搭乗する時は、ハイタッチをしながら別れを惜しみ、天候が許せば、ヘリが島を1周してくれます。みんな、ヘリが見えなくなるまで手を振ります。「おもうわよ」の横断幕の後ろで還住太鼓が鳴り響きます。この3月だけで、中3の2人、駐在さん、ともう3回。明日は、いよいよ1年間一緒に仕事をした仲間の離島です。
新しく赴任してくる方の荷物が届き、職場の倉庫に搬入されています。明日から、それを各住宅に運び入れる作業が待っています。軽トラデビューも近いかもしれません。来年度は、職場で一番の年寄りになってしまいますが、若くて動ける男子は出島中なので、若い女子より腕力はある自分は戦力なのです。
それにしても!!今日は、ものすごく長い1日でした。
同僚の部屋の荷造りと片付けとそうじに明け暮れました。明日朝、ヘリに乗らなければならないのに、午前中の状態を見て、これは絶対に無理だ、きっと、本人は離島してその後自分たちが片付けるのだろうなあ、と思いました。
私が行く前に、若手女子2名がすでに手伝っていたのですが、そのうち一人は自分も離島するので、途中で退散。とにかく、ものの多い人で、捨てちゃえばいいのに!!と思いますが、より分けている時間はないのでとにかく箱詰め。段ボールが足りなくなっても、郵便局にもう在庫がない、とか、ガムテープが商店にあと1本だったとか、そんな状態の中、自分の家にある在庫を大サービスしての作業は、数年後の自分への反面教師になりました。
最後の方は、とにかくそのへんのものをぐちゃぐちゃのまま箱に入れて封をするという状態になり、荷ほどきするのは、ものすごくいやだろうな、と思います。他人に箱詰めされた物たちは、秩序もなにもなく封入され、表に何が入っているか書く余裕も途中からなくなり、きっとこの箱、もう開けないんじゃないかな、とも。
そして、職場の住宅なので、住宅管理人による復元チェックがあるのです。夜になってから、一緒に島を出る同僚も来てくれて、総勢7名で分担して、段ボールを軽トラとワゴンに積み(明日早朝郵便局に持って行く)、換気扇やガスコンロを掃除し、床を雑巾がけし、お風呂と洗面周りを掃除。自分も離島する管理人が最後にチェック。これも、いい加減にはできず、網戸、窓ガラス、室内のガラス戸の桟、お風呂場のタイルの目地が一部カビている、を指摘され、真っ暗な中、手分けして、網戸拭き、ガラス磨き。お風呂場は、カビキラー泡を吹きつけて直後にサランラップを貼り付ける方式でみるみる間に白くなるのを確認しました。
ここには、コンビニも、マックもない。一昨夜の送別会の皿盛りの残りの、冷凍してあったおいなりさん、おにぎり、唐揚げ、つくねを解凍してチンしてみんなで食べました。

去年の自分も大変だったし、家族の手も煩わせたけど、荷造りは全部自分でやったよなあ。その時、参考にさせてもらった「赴任者向け引っ越し事例集」の中の記事が、今日手伝った人のものでした。立場や仕事量が似ていたからです。違うのは荷物の量が私の倍以上であること。そういえば、「最後の晩は、友達が来てくれて手伝ってくれた」的なことが書いてあったような。

昨年の3月31日、体調がすぐれなかった母の分mで気にかけて手伝いに来てくれた父と、駅まで満開の桜並木を歩き、別れたのが、ずいぶん昔のように感じます。
あまりにも生活のペースが変わったからでしょうか。母は、島まで遊びに来られるくらい元気で、最近はiPadでメールを送ってくれます。父が食べ物の心配をしてくれるなんて一緒に暮らしていた頃からは想像ができませんが、果物などを送ってくれたりします。
今まで、人生の大きな選択にまったく口出しせず、いつも後押ししてくれた両親ですが、近くて遠い島からは早く戻ってほしいと思っているように感じます。こんな年になって、こんな選択をする人はあまりいないし、後ろ髪を引かれる思いもあるし、島でも若い人が欲しいのだということが伝わってきますが、島で教えることを選んで来たので、来年度は自分の色を出してみます。今後のことはその手応えで自ずと決まる。たぶん。
この春休み、初任校の教え子の同窓会に招かれたのですが、ヘリが取れず行かれませんでした。とても残念ですが、この島にいることで、招いてくれた教え子とたくさんやりとりをすることになり、次につながりそうだし、当時、自分を育ててくれた先輩方とも電話で話すことができました。そして今日のこの引っ越しの様子を知ることができたのも、同窓会に行かれなかったからで、出島できていたら、明日のヘリポートで、自分が乗ってきたヘリに、離任する同僚が乗るのをすれ違いで見送ることになったので、同僚との別れにしっかり立会い島の1年を全部見ることになったので、これでよかったと思うことにします。
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2017年3月19日 (日)

3月は去る

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島に、鳥たちの声がもどってきました。そして、初めて島に来た頃と同じ野草や花が道端に見られるようになったこの頃。
昨日は、卒業式でした。
6年生1人、中学3年生2人の卒業生を送り出しました。
会場は、学校のホールで、証書授与の後は、膝下をかすめるくらい近くを卒業生が歩きます。門出の言葉の中で歌われる合唱は、われわれもパート分けされていてしっかり歌います。〜勇気を翼にこめて 希望の風にのり この広い大空に 夢をたくして〜 「旅立ちの日に」を歌いながら、この学校の卒業式の会場にいる全員の心に、この歌詞が浸み込んでいくのが見えるようでした。

この歌は、数年前にCMで流れたりして、だいぶ手垢がついてしまった感がありますが、小学校の卒業式でよく歌われます。先輩の音楽の先生が、この歌は中学生の歌だから、小学生には小学生らしい歌を歌わせたい、とおっしゃっていたことがあります。小学生にとって、前の卒業生が歌っていたり、耳慣れている歌を、今度は自分たちが歌いたいという思いは強いと思いますが、この歌詞を実感するのはまだ難しいだろうな、と改めて思います。
中2による送辞には、泣かされました。ずっと一緒に育って今まで頼りにしていた1年上の仲間がいなくなること、1年後には自分たちも同じように独り立ちすること、そんな思いがこめられていました。

もちろん、小6の卒業は、ほんとうに晴れやかで、来賓の挨拶も卒業生の成長を身近で見守っていたからこそのお話でした。会場の全員が、全員卒業生のことを名前と顔だけでなく、家族のようによく知っているからこそ、の卒業式でした。
春は、島にとっては別れの季節でもあります。
職場の同僚の異動も卒業式の予行練習の後で、(行き先は明らかにはされていませんが)子供にも知らせました。そして、新しく来る方の荷物が届き始めました。昨年の今頃は、怒涛のように仕事をしながら、誰にも知らせず、引き継ぎの算段と片付けをし、家に帰ると荷造り、退勤時刻を過ぎると慌てて各種手続きの電話かけ、という毎日を過ごしていたんだなあ、と思い出します。島の気候や生活に慣れ、人らしい生活リズムを取り戻し、ゆるやかな仕事のペースに癒され、1回も大声を出すことなく過ごせたことをよしとします。2年目に向けて、やりたいことも見えているし、ただ漠然と過ごすのではなく時間を大事にすること、今の時期に準備をしっかりすること、が今の課題です。このまま、ぼーっと過ごしてしまったらもったいない、と小さな焦りも感じています。

前回の更新から、いろんなことがありました。
・QRコードを取り入れた学習(研究)
・大杉ハイキング
・「ブルゾンちえみ」6年生を送る会の出し物
・移動教室下見で毎日2万7000歩くらい歩く
・たった一人の二分の一成人式 初iMovie
主に仕事関係ではありますが、ぼちぼち更新していこうと思います。

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