« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月

2011年3月31日 (木)

おしまいの日

平成23年3月31日。ひとつの学校の歴史が節目を迎えました。
修了式の日から、1週間もたたないのに、ものすごい勢いでいろいろなことが動いています。
わたしにとっては5年。学校にとっては137年。
たった5年でも、大きく3つの時代のまとまりがあり、文句もたくさん言いましたが、毎年3月31日に開いていた宴会が終わると寂しさも感じます。

ここで、学校全体を動かす仕事を覚え、手応えを味わい、自分の器と「一歩引く事の美しさ」を知りました。新しい大きな器の中でどのようなスタンスをとるのか、まだ決めかねています。

明日は、スタートの日。髪を切ったり、新しいスーツを着たりしたかったけれど、全てかなわずも、とりあえず、今年度のお仕事は終わりました。

柔らかい雪の上を滑ったり、海のリズムを感じながら漕いだりしたい。
ほろよい気分で星を見ながら、そんなことを考えて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月29日 (火)

バランス

職場の引っ越し真っ最中のここ数日。
ピカピカの建物に、二つの異なる文化が一緒になって入る。

建物以外の工事は来年度も続くため、いろいろ不都合もある。
朝から晩まで荷造りと荷解きと整備に追われて、帰宅すると疲れて眠る。

2つの文化の融合は不安だし、ぶつかることも多い。
そんな中だからか、一人一人の人間性が垣間見える。

自分の領分(物理的な)の主張。堂々とするのでなく、”みんなが気付かないうちに、これどかして、こことっちゃおう”みたいな。表で正々堂々とやろうよ、と言っても、通じない。

こうしたら、誰かが困るかもしれないけれど、まあいいや、知らないことにしておこうと言う人。

そして、無意識だけれど想像力がなくて、自分がしたことがどういう状況になるのか気付かない人。
気付いていないから罪はないのか?

荷解きどころか、まだ箱が届いてどこにあるかわからない状況、パソコンもプリンタも設定されていない状況なのに、来客に対応する文書を作成者に「出して」と押し付け、あたふたしていると「いいよ、こっちでやるから」と言う人。あるなら最初から黙ってそうすればいいと思う。手下を使って緑のタヌキを配るより、そういう気遣いを!

みんな自分ばっかり守ろうとしている。
自分もそのみんなの一人なんだな。
「えっ、それもあたしがやるの?」と一度ならずとも言ってしまった。
立ち止まって振り返っているうちに泥の用に眠ってしまうのであります。

そして、朝起きてtwitterチェックして世間の動きを知る。
原発について、暮らし方について今こそ考えなければ。
都知事選だって迫っている。一票を有効に使うためにも情報を集めて考えなければ。

今日は、異文化のもう一方の搬入です。

沈せず、漂流せず、目指す方向(そうだ、職場の方はこれについて話し合って共通理解されていたんだ!/世間の方は多種多様だけど、自分はどの方向にシフトするか)に向けて波やうねりを見ながらコンパスを確かめ自分で漕ぐ、後ろに続く、リードしなければいけない人がいたら、その様子を見ながら声をかけて。最近使っていないけれど、潮の流れが早い時や長距離の時はラダーも使おう。

スキーだとどう表現するのかな。。。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年3月23日 (水)

タイガーマスクよふたたび!

先日、つぶやきましたが、仙台の友人の無事が23日にやっと確認できました。
その友人のブログより。
*************************************
ご賛同くださる方、どうか企業の方へつなげてください。

「ランドセルの色、教えてあげる?」
「うん、○ちゃんの好きな色かな?」

「そうだよ、ショッキングピンク!」
「うわ〜、素敵!ショッキングピンク」

そんな会話をしていたのに、ショッキングピンクのランドセルは津波で流されてしまいました。

持ち主の女の子が元気でいることは分かりましたが、まだ会えていません。

あんなにうれしそうにしていたのに!

イオンとか、企業の皆さまにお願いです。

被災地のランドセルをなくしてしまった子どもたちにランドセルをプレゼントして

あげてください。

できれば同じ色がいいな。

1年生になるといううれしさを、子どもたちがとりもどせるように。

子どもたちが笑えば、大人も元気になるはずです。
************************************

新入生に向けてのアトラクションを練習していると、人ごととは思えません。
ランドセルって早く買わないとなくなっちゃう、というのを聞いたことがあります。
時間ができたら、近所のお店で確かめてみようと思います。
今の自分にできるのは、まずこの話を広げることです。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年3月20日 (日)

中学生

我が家は朝刊だけしかとっていません。
ここ1週間のように、帰宅が早く、ラジオかテレビでニュースをチェックしていると、新聞の情報は既に知っている事がほとんどです。
だから、必要不可欠な情報を得るためのもの、ではなくなっています。
いろいろマスメディアが批判されている今日この頃ですが、それでも新聞に載っている避難所の記事を読んでいると涙が出ます。それは、学校に関係が深い者だから、という理由だけでもないと思います。安っぽい感動秘話みたいな発言はしたくないですが、避難所にいる中学生がトイレの掃除をしているとか、自主的に「生徒会」を立ち上げて自分たちにできることをしようと動いている、という記事を読むと、以前、職場で聞いた「いざ、避難所になったとき,戦力として動けるのは教員と中学生だ」というのは現実なのでした。中学生は十分働けるんだなあ、とも思います。
*避難所が開設されてすぐの時に、と言う意味です。平日の日中に災害が起った場合、避難所になる学校に最初からいるいのは、地域の住民である中学生(高校生は通学場所が離れていることも多い)と教職員だということです。誤解を招く表現だったので追記しました。(3月26日)

18日、3年前に卒業させた8組の中学校卒業式に列席してきました。
彼らは、校舎建て替えのため、入学と同時にプレハブ生活開始。今度の4月から使う予定の新校舎(彼らは使うことのない)の体育館での卒業式でした。文化祭も小学校の体育館。運動会も近隣の公園。そんな彼らにおそらく特別な配慮で、卒業式の中で、生徒の指揮と伴奏による合唱の演奏がありました。
曲は、3年前、小学校の卒業式にも歌った「旅立ちの日に」。8組だった男子が文化祭の校内合唱コンクールでベスト指揮者賞をもらった、というのは聞いていましたが、思いがけず、その勇姿と元8組の歌声を聞く事ができて嬉しかった。
中学生は、呼名されても小学生みたいに声をはりあげて返事をしない子がほとんどですが、その中ではりのある大きな声の「はいっ」という返事は感動を誘います。本人のキメがなければ、そういう態度にはならないと思うからです。一生懸命な姿はほんとうにすがすがしいです。
そして、答辞を聞きながら涙を止めることができませんでした。6年生の時も、素直ではつらつとした1つ下の学年と常に比較され(担任もつらいものがありました)、やや屈折していた学年は、中学校生活でも数々の失敗があったこと、それを乗り越えようと誓って最上級生になったこと、とともに、先生や両親への感謝の言葉、そして、「学校と言うのは校舎じゃないんだと思いました」という言葉に答辞を述べた女子の心が伝わってきました。
式の後、尋ねてくる子は誰もいなかったし、直接話すこともできなかったけれど、きっと、わたしの気持ちは伝わっていると思います。たぶん。彼らが6年生で卒業するときにくれた1冊の大学ノートをひさしぶりに開けてみて、そう思っています。

うちの職場は焼酎一缶になってしまうし、もしかすると、もう卒業生を送り出すことはないかもしれません。何回も卒業生を出しながら、3年前の時に袴に会わせる着物をあつらえたのですが、もう一度くらい着たいかなあ。

日本の若者も捨てたもんじゃない。と思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月19日 (土)

3連休

旭川には行かないことに。
初めての三段山に未練はあるけれど、まあ、しかたないです。

地震から一週間、19時で退勤命令が出ていて仕事が進まない。
早く帰っても、あまり時間が増えた感じもない。

西の方に避難する子ども、国外に避難する子どもの掌握などで、朝からあわただしい毎日。
おまけにインフルエンザで休む子どもも数名いて(1月はA今回はB)、残りの子どもと
新入生を迎えるアトラクションや飾り作り。
学校の引っ越しもあり、いろいろなことが間に合わないのではないか、といった日々です。

ずいぶんパニックになっている方もいます。
来校するときビニールのレインコートを着て、サングラスマスクをつけ、校庭にいる子どもたちにマスクを配る方、西の方に臨時の住居を決めてもうだめかも、と電話して来る人。
元気に普通に学校に来ている子どもに不安を与えてはいけないので、避難している子の欠席理由は伝えないようにしています。

わたしが今いちばん怖いのは、インフル今度はB感染疑惑です。
来年は予防接種を受けようと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年3月15日 (火)

夜は暗いんだ

節電しながら、今週は、19時までには職場を出るように通達をわたされている生活。

ネオンが消えた街は、暗いけれど、これが本来の夜なんだと思う。
東京でも見える星が増えるかもしれない。
24時間いつでも開いていて、たいていのものが売っているコンビニのある生活。
スーパーですら23時ごろまで開いている所が身近にはたくさんある生活。
こんな生活に慣れてしまっている身としては、日々の生活、特に食生活にまったく計画性がなくなっている。でも、「節電のため19時で閉店」なんてことになると、数日間のおかずを考えて買物をする、夕飯を21時前に食べられる、など丁寧に日常生活を送るようになる。
これが、本来の姿なんだろうなあ。
でも、パチンコ屋さんには、パチンコ屋さんで働いて生活している人がいるわけで。。。

(地震!!)

静岡の人、大丈夫ですか?
山梨も、大丈夫ですか?


| | コメント (2) | トラックバック (0)

牛乳

本日より、給食の牛乳がストップだそうです。
水筒持参。

わたしは、有事の際に職場に一番にかけつける人になっています。

週末の雪山はキャンセル。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年3月14日 (月)

研究は一部机上の空論だったかも

昨年、「もしも家からちょっと遠い所にたった一人でいるシチュエーションで大地震に遭遇したら」というテーマで授業をしたことがあったのを思い出した。キーコンピテンシーの研究に参加していたときである。

水を手に入れる方法や、食べ物を手に入れる方法、家に帰るには地図を手に入れてそれを読めなければならない、避難所の場所も知らなければならない、とそれらを調べたり考えさせたりしたのだけれど、エネルギーを節約する、とか電気が足りなくなる、という視点は欠けていた。(教える側が思いつかなかったのです)
去年の8組の子にあのとき学習したことを覚えているか、聞いてみなかったけど、おそらく忘れているにちがいないと思う。けっこうこっちの都合でやらせた学習だったから。。。

今日の朝教室で、昨日のtwitter経由の、節電のコピーとポスターの話をする。
そうしたら、帰りの会で「窓・電気係」が「今日の朝、電気をつけなかったのは、忘れていたからじゃなくて、地震で電気を消した方がいいからです。つけないでください。」と発言していた。
つけないと学習には向かない環境なので、必要な分は使っていいんだよ、とコメントしたけど、子どもはけなげです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

どうするよっ

明日の計画停電の予定、第一報を家族にも送ったが、訂正されたそう。
で、東京電力のHPに確認しているのだけれども、つながらない。
で、こんな時間に。
第一グループでも6時20分からみたいだから、うちの住所が第一グループだったとしてもそれ以前に出勤すればエレベーターで自転車をおろせるということか。
それより、パソコンが使えないとしたらとても困る。
やはり徹夜でやるべきか。。。。
節電のため控えるべきか。。。。

そして、週末3連休の雪山予定。どうするか。停電が続けば仕事が終わらずキャンセルか。
いや、その前、待機していなければいけないかも。
職場に一番近く徒歩でもかけつけられる人員なので。。。。
とにかく明日、出勤してからだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年3月13日 (日)

普通に生活します

どんどん悲惨な状況が伝わってきています。
仙台や東北の友人がどうしているかわかりません。
ずっと会っていない年賀状でつながっている学生時代の友人は、時代的に携帯アドレスも交換していなかったりします。どうしているかなあ。無事でいることを祈るのみです。

いつまでもテレビにかじりついていても何も変わらない。
うちの業界的には仕事の大詰めの時期でもあるし、自分は元気だし、普通に生活して万が一避難所の用員になった時にしっかり動けるように体調を整えよう。
友達がブログに、可能な人は国産品をがばがば消費して経済を回すように、と書いていましたが、そういうのも協力なんですね。いつもは今食べる分をちまちま買物していますが、昨日は作り置きできる食材をたんまり買い込んでスープなどにしました。
停電しても、コッヘルで温めて食べられそうなもの、と考えるてこうなりました。冷凍してあるものは、電子レンジやオーブントースターがないとダメなものもけっこうありますから。
パンも冷凍しているけれど、解凍するのに手間がかかります。。

ということで、twitterに登録していない家族などとは、このブログのコメントを活用することも確認したので、今日は仕事します。まあ、パソコンつなげなくなったら役に立ちませんが。というワタシこそ、PCのバッテリーがとうの昔に死んでいるのですが。
あ、ちょっと部屋も片付けます。いざ、とういう時に同僚に宿泊してもらえるように。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年3月11日 (金)

地震

まだ、時々余震がありますが、とりあえず、覚え書きメモ。

本日、6年生の卒業を祝う会のため、他の学年は、14時前に下校していました。ほんとうによかった。
いつもなら、15時30分ごろというのは、ちょうど下校し始めたころで、子どもたちの所在をつかめずにもっと大変なことになっていたに違いありません。
祝う会で、大ボスの話が始まって少したったところで、大きな揺れ。これはまずいと感じるが、わたしたちが慌てて動くと、子どもが動揺するので、大ボスが何か言うだろうと少し待ち、舞台上から、机にもぐるよう指示が出たあと、私はストーブの確認と出入り口の確保。
揺れが収まってから、体育館から校庭に誘導しようとすると、近くにあるプールの水が波になって通路の方まであふれてきている。
それがおさまるのを待ってから、子どもとその保護者、そして、校内にある学童クラブの児童が校庭に避難。隣接中学校の生徒も校庭に避難してくる。

その後、学童の子の上着を大人が取りに行って、6年生は誘導されて自分で取りに行って、暖かくしてしばらくは外で待機。
何度も余震がくるので、祝う会は中止。保護者がいる児童は、そこで引き渡して下校。学童の子どもは、全員の保護者に手分けして連絡をとりお迎えが来るまで預かることに。
最近は携帯電話しかない方も多く、まったく通じない。しかも、学校の回線はファックス入れても4回線。この連絡に手間取る。それでも18時ごろまでにほとんどの児童が迎えが着て帰宅。
18時30分をすぎて、まだ校内にいる児童の夕飯を確保しに近所のコンビニ、スーパーを回る同僚。しかし、どこも長蛇の列。それでもレンジでチンするご飯を手に入れて戻って来る。
それをおにぎりにして、食べさせ、泊まる覚悟の人も食べる。
その後、ほとんどの児童に迎えが来たので、わたしは帰宅することにする。
外に出ると、山手通りも第一京浜も人がわんさか歩いている。車も大渋滞でちっとも動いていない。こういう時自転車はありがたい。
帰りにコンビ二に寄ってみたけれど、パンやおにぎり、弁当はほとんどからっぽ。
帰り着くと、住宅のエレベーターが一基故障して止まっていた。
ふだんどおり自転車を自宅の階まで上げてしまってから、ちょっと後悔。
明日、自転車をかついで階段をおりなければいけないかもしれない。。。。

私も職場で待機していてもよかったのですが、職場で横になれる場所が限られているので、帰ることにしました。

自宅に帰ってみると、心配していた本棚と釣り食器棚は無事。
ただ、CDラックからCDがほとんど落ちていました。壁に立てかけてあったスキーも倒れていました。
そして、ガスが自動的に止まっていたので、復帰操作をしました。
でも、なんとなくゆっくりお風呂に入る気になれない。
余震がけっこうあるので、その度に玄関を開けたり締めたり忙しい。
ヘッドライトとコッヘルなどをすぐにとれる場所に出し、シュラフも用意。

明日の朝食の材料を近くのマイバスケットで手に入れたので、
朝、職場待機の同僚に届けようと思います。

こんなに大きな地震に職場であったのは初めてでした。
この程度の地震でもパニックになった児童が3,4人(70人くらいの中で)いました。泣きわめいてしまい一人では歩けなくなったりして、情けない!と一喝したかったけれど、全校児童がいる状態だったら、こういう子の割合はもっと増えるだろうし、伝播するのだろうな、と思いました。
そして、何ができるのか、どう動けばいいのか、頭フル回転でしたが、たいしたことができなかったです。とりあえずは、「大丈夫だよ」と子どもを安心させることだけはしましたが。

津波の映像を見て、あのタイミングで海で漕いでいた仲間はいないだろうか、と少し心配になりました。

仙台の友人は大丈夫だろうか?未だ連絡とれず。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2011年3月 8日 (火)

徳島、淡路島 アクセス覚え書き(for folding kayaker)

<夜行バス(京急バス エディ2号)要予約>
徳島行き
品川駅より田町より第一京浜沿い京急バスターミナル
21:30発
まわりにコンビニなし。待合室には飲み物の自販機あり。
途中休憩もトイレのみ。(23時ごろ)
今回、バスの中で、行動食用に準備していたパワーバー2本が夕食になってしまった。

車内トイレあり。
3列座席で、隣の人とのストレスなし。足置き、ふくらはぎ下にも足乗せあり。スリッパ、お茶サービス。読書灯もあるけれど、誰も使っていなかった。早々に就寝する人がほとんどで、ワタシも浜松町をすぎてすぐに就寝。

カヤック持参はできない。営業所の案内に、自転車などの大きな荷物は預かれない、と書かれていた。

淡路島で2カ所停車後、高速鳴門着6:05
インター下には立派な待合所。観光案内所は8時からだが、中に入ってトイレや椅子を利用することは可能。すぐ目の前にコンビニあり。

品川→高速鳴門9800円
高速鳴門から、小渦潮観潮船乗り場近くまで車で20分弱。その付近から出艇。

<淡路島〜東京>
淡路交通 福良営業所から、高速舞子(電車の駅とつながっているみたい)三宮駅まで高速バスが出ている。予約していなくても乗れる。1時間に1本程度の頻度。
三宮まで、1時間ちょっと。
福良→三宮2200円
三宮〜新神戸
市営地下鉄で一駅。

実は三宮バスターミナル周辺をまったく下調べしていなかった(街だからなんとかなるだろうと思っていた)ら、まったく田舎者になってしまった。通り行く人に「新神戸まで行きたいのだけれど」と尋ねるも、わからない人(地元民じゃ無い人)ばかり。バスターミナルの人は、不親切だった。電車のことはここでは教えかねます、とつっぱねられた。
ポートライナー(とは知らなかったけど)が見えたので、駅はあるだろうと、あたりをつけて歩いて駅へ。JR路線図に新神戸はなく、地下鉄とだけ表示されている。周囲を見回すと、地下鉄海岸線、という案内があるので、そちらの駅へ向かうが、路線図を見ると、新神戸はない。
で、近くのタバコやさんに聞くと、市営地下鉄とのこと。でやっと電車に乗れた次第。
上京する友達などが、迷うという話を聞いて、あんなにたくさん案内が出ているんだから、それを見ればどこにだって行ける、と思っていましたが、けっこうわからないものなんだなあ、と思いました。
東京に比べると、地下鉄の駅周辺や、ホーム周辺が広い。

新神戸から新幹線で3時間。
新神戸→東京15000円くらい。

今回は、カヤックをごろごろしていなかったのでエレベーターチェックはなし。
しかし、三宮のバスターミナルから駅構内をカヤックごろごろで歩くのは相当大変そうでした。島で発送するべし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プチ渦潮

金曜夜、夜行バスで、一路鳴門へ。
朝、拾ってもらい、鳴門海峡近くの島を一周漕ぐ。
美味しい天ぷらを食べたあと、車で淡路島に渡り、温泉後道ばたでキャンプ。翌日は、阿万海岸でちょこっと漕いで、お昼、温泉。バスと新幹線で帰路へ。
Photo

潮の満ち引きが川のようになっているのを目の当たりにして、ヒトにはどうこうできない太古から続いている地球の営みとでもいうのか、不思議だなあと思いました。
そして、漕いでいる艇の横で突然プチ渦潮が発生するのを何度も見て、逃げて、面白かった。
突然吸い込まれるように渦ができるのです。お天気もよく、新しいギアもいろいろ試すことができただけでなく、心のデトックスも。

組み立ては今までの中ではいちばんうまくいきました。バウのラインがきっちり中心にあって気持ちよかった。皺がよらないように、もうちょっとテンションかけようというのが、次回の課題。

吹上浜の海底にはワカメが見えました。ワカメのてんぷら、ワカメだけのお味噌汁、両方とも肉厚ですごく美味しかった。

私信:ダダさん、メール拒否設定解除願います。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2011年3月 3日 (木)

方向音痴の地図好き

地形図を売っているお店になかなか行かれない。
で、電子国土を利用するのですが、どうも使い勝手がよくない。
もっと大画面で印刷できたらいいのに。使い方が間違っているのか?
水場で使うにはいまいちかなあ。インクジェットだから。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

おおぼけ

昨日、霧雨が舞い始めたけれど、自転車で出勤。帰宅時、雨のため、自転車は職場に。
本日、朝、自転車がないため電車と徒歩で出勤。帰宅時、自転車が職場にあることをすっかり忘れて歩いて帰宅。
しかも、週末の旅のためのバスチケットを受け取りにコンビニに行くが、メモしていった予約番号が照合されない。一旦帰宅して、確かめるとコンビニ端末の操作方法が間違っていた。
もう一度、コンビニへ行くときに、目に入った駐輪場に、愛車が無いことに気付く。

これで、明日も自転車で出勤できないわけだ。
今日の誓い。
明日から、超早朝出勤はじめます。
まずは今週2日、できるかなー。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »