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2011年2月

2011年2月28日 (月)

それでも、普通に一週間が始まるんだなあ

テレビから佐野元春が流れてきます。
サムデイ、かあ。

自分には確固たる信念みたいなものがあまりないと常々思っていました。
でも、今回のことで、誰も同調してくれる人がいなかったとしても、自分の感覚を信じよう、と思いました。たいしたポリシーではないけれど、子どものせいにしないこと、約束を守ること、こちらの落ち度は素直に認めて頭を下げること、押し付けずに子どもを動かすこと。
みんな、ご都合主義というか、自分の価値観だけをよしとしすぎている。
大ボスはまったく頼りにならず、中ボスは、青いなあって感じてやる気をなくしている。
この職場に来てから、ずっと感じていた一部の価値観への違和感が露呈したのでしょう。

けんかしないようにはするけれど、こんなんで、いったい!!!やっていけるんだろうか????

それでも、元気にやってます。
週末は遠出して無になってきます。

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2011年2月27日 (日)

無言・・・

昨日、わたしがこの仕事についてから、最悪といってもいいことが起りました。
前の記事にちらっと書いた祝島沖の田ノ浦みたいです。
なんで、誰一人として疑問をもつことなく進んでしまったのか、理解に苦しんでいます。
遅れて現場に行ったので、他の人がどのようなことを言ったのかわからないけれど、子どものために、自分の思っていることは言ってきました。
激情して怒ったり、文句を言ったり、という段階ではもはやありません。これが、今のこの職場なんだと思います。失望。

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2011年2月25日 (金)

備えあれば・・・

久々に手応えのある授業ができました。
当然と言えば当然。
学校公開中でもあるので、いつもより時間をかけて準備をしたからに他なりません。
特に工夫をこらしたわけではなく、あたりまえの準備をちょっと丁寧にしただけ。
文明の利器の力の大きい。
昔だったら、こんなにコピーを浸かったらおとがめがあったし、何より、カラーの絵がスキャナとマウス操作だけで黒板に提示するのにほどよい大きさに拡大できてしまうのですから。

おもしろくないこともたくさんありますが、8組はチームワークが向上中。温かい、笑いのある毎日。子どもの1年ってすごい。嫌いなものも残さないで食べられるようになったり、絵の具の混色を覚えて自由自在にいろんな色を作って描くようになったり。

それにひきかえ、花粉症。
花粉症なんていう名前がなかったころから毎春アレルギー症状を発症しているのに、放置。精神力でナントカ乗り切る。。。みたいな。(何か人前に立つとかそういうのがあると症状が一時的に収まるのです。)今年ももちろん、備えなどまったくない。
本日目がかゆい、のどがかゆい、くしゃみ連発。昼からの出張で外に出たら、ものすごいことになりました。ほんとうに伝えるべきことを伝えていないのではないか、と思うマスメディアから聞こえて来る「今年は昨年の何倍もの花粉が飛ぶ」というのはほんとうなのかもしれません。
奇しくも、今日の出張は、食農教育の研究発表でした。最後に登壇された方がおっしゃっていた「土を軽んじる国は滅ぶ」(S59年の天声人語に掲載された言葉だそうです。)という言葉を聞いて、今、祝島で起っている事についても、表面で起っていることだけでなくその根底にある部分について考えなければなあ、という思いをもちました。

とりあえずやるべきことはやってたくさん食べて、たくさん眠って、あんまり遊ばない日々ですが、元気です。

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2011年2月17日 (木)

余韻の具合

3連休、雪山で一緒に遊んでくれたH氏から、「余韻の具合はどうですか。」というメールとともに画像データが届きました。(それを二つ前の記事に使わせていただいたわけですが)
このフレーズ気に入ってしまいました。
筋肉痛はけっこうあっけなく軽めに去りました。
楽しかった思い出を消し去るようないやーな毎日が、きっぱりと月曜日から始まりました。
まずは、人事考課の面談。まったく理解されていない、っつうか、きょーみないんだろうな。
その他、ここ1ヶ月コミットしていたプロジェクト、まあまあうまく運んだと思っていたのに、空しいとしか表現できない結末が待っていました。涙が止まらず、何が悲しいのか、何が嫌なのか、自分でもわからないくらい、無気力に。

そんなことできないのはジュウジュウ承知だけど、もうこの3月で辞めたいです。
自分でなってしまった今のポジションも後悔のみだし、でも立場上、「できません」とは言えないし。
思い出すと、涙ぐんでしまう。
まあ、こんなことを書く人は大丈夫なんでしょうけれど、ワタシがおかしいと感じたら、教えてください。

てなわけで、余韻の具合は最悪です。
それでも、次々仕事はあって、毎日が綱渡り状態です。滑落するかものスリルの日々はまだ続く。

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2011年2月15日 (火)

2月13日ヒラフ

雪。朝は、ゆっくり起き出し、9時ごろ滑り出し。
特筆事項。ストロベリー(という合法的コース外エリア)を初めて一度も転ばずに滑り降りることができました。多くの人が滑った後でも、柔らかい雪は楽しい。
そして、底付きする、という感覚もよくわかり、膝にプロテクターが欲しい気持ちもわかりました。

前日の山で筋肉が売り切れているようなだるさがあったけれど、滑り出すとけっこう板に乗れて、縦におちて行かれるようになった。嬉しい。スピードが出ても怖くないのは、雪が柔らかいからでしょう。
11時すぎに花園第一の下のカフェ308で休憩して、上がり、その後パッキングしてカリー小屋へ。
もちろん、お持ち帰りレトルト発送。
14時すぎのバスで一路千歳へ。千歳雪のため滑走路が一本しか使えず離陸までちょっと待ちましたが、羽田からタクシーに乗らず路線バスで帰宅。
楽しい3連休でした。

心残りはピークパフォーマンスのウェアかなあ。
でも、写真を見ると、テレブーツも、ジャケットも10年以上選手とは思えないので、今シーズンはまだいけるかな。

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2月12日三国内BC

前夜、相当早寝したため、5時前に目が覚める。
山行きの用意をしてなかったので、行動食や、熱湯やあれこれを用意し、朝ご飯を食べる。今回は山の入り口まで車なので、宿でシールを貼ってしまいました。

札幌の雪仲間とテレ師匠と4人。阿武茶というパン屋さんでお昼のパンを調達。9時、道路の終点に到着。最初は北海道らしい林の脇のなだらかな道。天気はいいし、雪もいい。トレースはついているけれど、夜に降った雪がうっすら積もっている。まずはY子が先頭。ラッセルというほどではないけれど、30分で交代。私もだいたい30分先頭を歩く。だいぶ斜度が出てきて、シールでの登りのコツを少しずつ覚えながら楽しい。サングラスと帽子を忘れたため、ゴーグル&ヘルメットで登っていたので、ゴーグルは曇り放題。ヘルメットも暑い。
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三国内は、地図に名前ものっていない山で三角点の名称が三国内となっている。北海道では初心者にも行ける雪山として、最近けっこう人が入っているそうです。969メートル。

頂上が見えた(と思った)頃、初めてシャリばてらしき状況を体験。なーんか、お腹がすいたという自覚はあったけれど、顔というか頭の血の気がすーっとひくような力の入らない感じがしたので、休憩を提案しようとしたら、H氏が先に「シャリバテだー」と叫び、渡りに船、とばかりにパンと魚肉ソーセージをかじりました。
先ほど見えたのは偽ピークで、その後方に森林限界を超えたかなりの急斜面が見えました。
ここから、泣きが入ります。風も強くなってきました。
Photo_2

足も心肺もそれほど疲れていなかったのですが、急斜面なので、直登はできず、ジグザグに登るわけれす。ジグを切るためには、キックターンか、一瞬直登の形になって切り返すのですが、体が固くてバランスの悪いワタシは、キックターンが苦手。しかも、雪崩た後があったり、木のまったくない斜面で滑落したら、と思うとますます腰がひけて安定が悪くなる。頂上はもう見えているのですが、最後の3、4回の切り返しで弱気になり
「わたし、もう、ここでまってる!」宣言。
テレ師匠のHSと、体がとっても柔らかいY子は既に山頂の模様。H氏に見守られながら、急登に泣きました。なんとか、励まされ、お尻をついて板の向きを変えながら、山頂についたら、そこは、羊蹄山から、寿都湾までの絶景。
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やっぱり、あそこで待っていなくてよかった。最後の大ブレーキがちょっと悔しくもありました。
コーヒーで温まり、パンの残りを食べた後は、シールをはがして滑り出し。雪が柔らかいので、急斜面でもなんとかテレマークターンをすることができましたが、足の筋肉は最後の登りで売り切れ状態。
木がつんでくると、子どもスキーヤーのような、ボーゲン状態にもなりましたが、気持ちのいい雪に時々いい感じのターンもできて楽しかったです。滑りはあっという間でした。
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車にもどり、靴を履き替えて、Y子がワタシを連れてきたかった、という新見温泉へ。とってもひなびた温泉で足を伸ばし、筋肉をほぐす。なんと、サービスでブリの入った汁、漬け物、ジャガイモのきんぴらを振る舞ってもらい大満足。

ヒラフに戻り、隣接ショップでウェアを試着し、買いそうになり、洗濯までして、夜は噂のドラゴンへ。ワインを3種類、ソース類の美味しいイタリアンを堪能し、いい気分で宿へ。前回のニセコで、友人のと取り違えてしまったストックを無事交換し、11時ごろまでしゃべったり飲んだりして、パンパンにはった筋肉がいとおしいような幸せ感を味わいながら眠りにつきました。
(photo by H氏 ありがとう!)

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2011年2月14日 (月)

2月11日ヒラフ

大荒れで帰れなくなって月曜日出勤できなくなって、周囲にどう思われようともういいや、と覚悟を決めて5時30分に家を出る。
タクシー。なんだか愛想のいいおじさんだったけど、無駄に遠回りしはじめたので、黙ってむっとする。と、そんな雰囲気を察したのか、降りるとき100円おまけしてくれた。

まあ、そんなことはどうでもいいのだけれど、スキップで即荷物をあずけ、コーヒーやベーグルサンドを買って機上の人に。千歳は突き抜けるような青空。宿の近くに停車するバスを選んだため、小一時間空港で待ち時間あり。その間にバレンタインのチョコレートを発送したり、本を読んだり。
年末と同じく途中でキノコ汁とキノコ炊き込みご飯のおにぎりを買って食べる。

昼すぎニセコ着。1ヶ月ぶりの滑走で12日は山に入るかもしれないので、午後、一人で足慣らし。春のような温かさだったのでニセコとは思えない薄着でゲレンデに出たけれど、ちょっと寒かった。白樺コース3本で、テレターンを思い出す。年末より雪が増えていて、柔らかく、おまけに貸切。その後、花園第3リフト周りをぐるぐる。風が強くなってきたので、リフトが止まってしまうかもしれないので、戻ってジャンボコースなどを流して終了。ついに一人で滑るのもまったく平気になったと自覚。

宿に戻り、ぽぽろの湯まで歩き、のんびり湯につかる。その後、一度行ってみたかったminamiaで晩ご飯。迫力のごぼうの唐揚げ、美味しかったです。前夜2時間ほどしか寝ていなかったので、宿に戻るとすぐに撃沈。

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2011年2月13日 (日)

キュートに泣いちゃいました

楽しかったー。
とりあえず、写真だけ。
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2011年2月 8日 (火)

12歳の空

日曜日は、いろいろ買いたいものがあったのですが、(年末に没収されたスキーワックスとか、シール用ワックスとか)結局自宅で仕事して、美容院へ。美容院ではいつもファッション雑誌をここぞと読みまくるのですが、今回は「積ん読」解消することにしました。
「12歳の空」三船恭太郎著。
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小学館が主催している「12歳の文学賞」の第二回の大賞作品に、著者自身が1年後に手を加えた「ヘチマと僕と、そしてハヤ 09バージョン」その続編「とびら」「それからの、僕らの空」の2作が納められた本です。美容院へ向かう電車の中で読み始めたのですが、最初の数ページを読みながらちょっと後悔していました。「なんか、仕事の延長みたいだ」と。仕事で子どもの作文を読む感覚にとても近い感じがしたからです。ところが、少し読み進むと、ぐいぐい作品の世界に入り込んでしまい、3作目は、涙が止まりませんでした。小学生が書いた、なんてことはすぐに忘れてしまいました。2作目の大人の同窓会のシーンは、子どもがリアリティをもって書ける内容ではないと思うので、周囲の大人の助言などがあったのかなあ、と思います。そんな意味で、10歳の時に登場人物の成長や時間の経過がヘチマの生育とともに語られているのが、背伸びしない、カレのリアリティなんだろうなあと思います。
それがちゃんと、次にはインゲン豆になって。。。

おばちゃんを泣かせるような、学校の世界をカレがもっているのか、理想としているのか、はたまた計算しているのか、そのあたりは追究しないことにしますが、意図をもって色と音を描いたり、とびらにこだわりを持って書いたり、あとがきを読むと、ほんとうに書くのが楽しくてたまらないのだああ、というのが伝わってきます。

めっきり読書量が減っているこのごろですが、雑誌より本を読もう、と改めて思った夜でした。たっぷり4時間くらい楽しめましたから。

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2011年2月 6日 (日)

すごろくの学習材化と知的生産物のたれながしについて

昨日、報告した内容をかいつまんで書こう、と思って打ち始めたのですが、公の場に出す、ということの責任と、誤解されないように伝えたいことを伝えること、内容が一人歩きしないこと、などを考えると、かいつまんでたれながすのはあまりよいことではないように思えてきました。学者でもないし、出し惜しみするわけではないし、うまく言えませんが、こういうことも気をつけなければいけないのだろうなあと。文書にまとめて、資料をつけて、その場でしゃべっても、伝えきれなかったことがまだあって、それをこれから手直ししようと思っているくらいなので、手渡しできる範囲で伝えるくらいでいいのでしょう。
若い同業者が、授業案を作ることになると、まずネット検索して、ヒットした指導案をほとんどそっくりに真似て自分の指導案にしているのを見ると、それは違うでしょっ!と感じることもあって、ケチになっているのかもしれません。
一言で表すと、文章構成力を育てるためにタイトルのようなことを考えた、となります。

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近況報告:仕事と研究

久しぶりに研究ネタと近況を。

といっても、遊びネタはほとんどなく、仕事仕事インフル仕事の日々。焼酎一缶(こんなもんだよ)がいよいよ目前に迫り、小⃝にも㊥と同じような、生活のきまりが必要になり、それを冊子にしたものと、せーとてちょー(5年生以上がもつことになった)の中身作り。加えて、来年度入ってくる新入生説明会の資料作り。どちらも、例年通り、で印刷できるものではなく、また自分の経験的にもあまりやったことのない仕事。赤ちゃんから大人までいっしょにいることになると、たとえば授業時間も4年生までは45分だけど、5年生以上は㊥と同じ50分になり、一日の時程が2種類あって、フロアごとにチャイムの鳴る時刻を変えることになります。そして、広いとはいえ同じ体育館や校庭を使うのです。調整が必要だし。。。。同じ校内で規律を保つためには、髪かざり、なんか何つけたっていいじゃん、な小⃝的発想は、なくなるわけです。日々、こういうことを形にして、みんなのチェックを受けて。。。。
それでも、8組に癒されています。
学級閉鎖開けの日の朝、校庭に出て子どもが来るのを見ていたら、駆け寄ってきて、「せんせー、元気になった?だいじょーぶ?会いたかったよ」とか、手をにぎってきたり、触ってきたり、まああんまりべたべた子どもを甘えさせたりするのは得意じゃないのですが、嬉しいものです。

5日土曜日。個人研究に近い形での実践報告の機会をもらい、30分ほどにまとめて報告してきました。忙しい中でも、一つの学習単元を作って、授業して、その結果を分析して、まとめて、という作業が好きなのだなあと思います。毎年行っていたユーミン苗場と重なってしまったことも、残念ではあるけれど文句はありません。実際には、インフルエンザで、学習が完全に終わるところまではいかなかったため、考察までまとめあげることはできませんでしたが、自分としては、今まで何度もしたことがある、「こんな単元を考えて、こんなふうになりました」的な報告ではなく、小さくても新しい提案をしてそれを実際の子どもの学びを通して検証しする、という実践者だからできる方法での実践報告にしたいという思いをもって、取り組みました。研究は楽しいですが、研究者ではなく実践者でいたいのだな、ということも強く感じました。目の前に子どもがいるからできる研究なのです。

報告については、賛否両論出されましたし、内容についての課題も、自分のまとめ方についての心残りもありますが、最近にない充実感を味わうことができました。そして、打ち上げの席では、元ボスにたくさん愚痴を聞いてもらい、20代の頃からの研究仲間と何の気兼ねもない会話をたくさん交わし、いい気分で帰宅しました。

このブログ読者は圧倒的に遊び仲間が多いので、仕事と研究の内容はやめようかな、と思っていたこのごろですが、自分のために。昨日の報告内容は別項にて。きょうは、公務を片付けねば。
あっ、その前に、先日から気になっている、ケイトスペードのバッグ、ご褒美に買っちゃおうかなあ。

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2011年2月 1日 (火)

ほんわか焦げる

土日、節々が痛むので寝返りも打たずに眠っていました。
背中がかゆくなって肩の方から手をのばすと、夏の虫ササレを彷彿とさせるぷよぷよした感触が。
ほとんど貼ったことがなかったカイロで低温火傷をしていたようです。
両肩甲骨の近くに水ぶくれ。腰は、カイロを取ったときに汗ばんでいてかゆい、と思ってかきむしっていたのでもちろん傷になっており。。。それでも、だるくて背中を下にして寝ていたので、水ぶくれはつぶれ、現在軽いかさぶた状態。

ヒートテック一枚の上に貼っていたのですが、その上の洋服の上に貼るべきだったのでしょうか?貼っていた時間は半日くらいです。押し付けていたわけでもないのですが。
みんな、いくつもいくつも、貼っていて大丈夫なんでしょうか?

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