打ち合わせをしないという打ち合わせ
きのうはかれこれ、ふたむかしくらい続けていることになる国語の研究会でした。
年度始めのこの日程に、授業を提供できる人は少なく、同世代の仲間が授業実践を行い、わたしは、その理論編をまとめて話す提案者でした。
今年度最初の提案としてはまあ、うまくいったとしていいのかもしれません。
予定調和的な授業ではありませんでしたが、うまくいった授業よりも、あたふたするような、予測不可能な事が起ることに意味があり面白いのだなあと思いました。
とあるシンポジウムの前に、「打ち合わせをしない、という打ち合わせ」を行ったという先輩がいます。シンポジウムはしびれる展開になったようです。
寅さんが、大学の講義に紛れ込んで、それこそ予定されたことを予定された通りに流しているような講義をめちゃくちゃにする場面を見ました。講師にとっては突発事故とも言える状況が面白いのです。映画ではありますが、学生もどんどん寅さんワールドにひきこまれていくわけです。
授業でいうと、あちゃー、っていう展開は、教師にとっては試される場であるわけで、子どもにとっても心が動いたり考えたりする場で、そこから学ぶことというのは、割り算の解き方とかいうものとは違った意味で、人生の中で使えるものなんだろうな、と思いました。
こういう感覚を忘れないようにしようっと。
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