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2009年1月24日 (土)

研究発表/個人的な振り返り

「知の森へ。自ら学びとる子どもの育成。〜『学び』を学習材化し、『知』の生活化を図る学校百科事典の構築〜」をテーマ進めてきた二年間の研究のまとめの発表会を無事終えることができました。

これは、行政から指定を受けて研究に関する予算をいただくかわりに研究について外部に発表して還元する、という研究でした。正確な参会者の数はまだ知りませんが、会場の椅子の数から予測すると300人くらい参加者があったと思います。

一区切りとしての発表会を終えて、今、静かな満足感と達成感の中を漂っています。
異動してきて三年目ですが、この研究発表を終えて感じた職場の一体感は、三年間の中で一番大きいものだったと感じました。私自身は、過去何回かの発表後のような、終わったぁ!という弾けるような開放感に近い感情はあまりありません。今までやってきたことが地層のように重なっていて、その上に発表会での外部からの反応や人との出会いがあって、学校としても、職場としても、自分個人としても、ほんとうに実りの多い意味のある研究発表だったなあ、と、一夜たった今幸せな気分で振り返っています。

大ボスのヴィジョンあってのものですが、相棒副主任のITセンス、中ボスの気配りと私の3つが相乗効果を発揮したからうまくいったのだと思います。大ボスのヴィジョンを翻訳しながら具体的な実現方法を提案し、その結果をまとめて理論作りをするのが私の仕事で、もちろん苦しさもたくさんありましたが楽しい仕事でもありました。

先行する例がない研究だったので、内部的にも「わけわからない」という反応から始まり、わたしは常に説明する立場でした。これは世間に受け入れられるものなんだろうか、という不安が常にありました。そういう意味で、昨日の発表会で、外部からの意見を聞き、これからのことを考えると同時に今までの評価を肌で感じることができたので、私自身も職場の仲間も少し自信がもてたと思います。

コメンテーターとしてお招きした藤川大祐氏が、まとめてくださったことの一つに、「身近な情報は使える」ということがありました。ほんとに、まさに、わたしたちがやってきたことの成果はこの一言でまとめられると思いました。藤川氏との出会いは、もう10年以上前ですが当時から、楽しくて斬新な発想や実践に感動するだけでなく、どんなに忙しくても何かを実現するためにすべきことをはっきりさせて行動している姿勢(うまく表現できない..)を尊敬していましたが、昨日いただいたコメントに変わらぬ人柄を感じながら、今後への示唆を分かりやすく示していただいたことが嬉しかったです。昨日はかなわなかったのですが、もっとつっこんだ話をしてみたいと改めて思いました。

もう一人のコメンテーター牛山恵氏とは、打ち上げの宴席でお話することができました。日頃接している同業の先輩との話には出てこない、研究者としての生き方のようなものについて刺激のあるお話を聞くことができました。

また、年間講師として助言をいただいていた田近洵一氏の講評の中に、この提案は、単なるICT教育という提案ではなく学校を子どもの学びの文化の集大成の場にしようという校長さんの熱い提案なんだ、という言葉がありました。この言葉に、目から鱗、でした。わたしは目の前にあることだけを見つめ、学校を百科事典にするという構想を、実践で裏付けをとりながら、多くの人が納得する説明をつけて発信することにエネルギーを注いできたのですが、大ボスのもつ熱い思いと私の思いとは規模がまったく違ったのです。ヴィジョンというのは、強い思いがあってこそもてるのですね。大ボスが、いろんな発想ができるタイプの人間だということも大きいけれど、強い思いに新しい発想が結びついていることが、わたしも含めた周りを動かしてきたのだなあ、と思いました。
どんな分野になるかわからないけれど、自分の内からある思いが湧き上がった時(自覚した時?)に、わたしはわたしのヴィジョンを描くことができて、そこに向かって研究し始めたとしたら、それが、「わたしの研究」なのだなあと、学生時代に学んでおかなければいけないようなことを、今頃自覚することができました。

研究発表会を開くからには、たくさんのお客さんに集まってほしい、苦しいこともあったけれどやってよかった、と研究している当人たちが感じられるものにしたい、というのは今回の発表会についてのわたしのヴィジョンでした。これは、実現されたと思います。
発表会も研究も、わたしのために同僚にやってもらったことではないので、「きょうは、ありがとうございました」という挨拶をするのは違和感があって言いませんでした。2年間、わたしのつたない進め方に文句も言わずについてきてくれた同僚先輩に改めて感謝しています。このことは昨日うまく伝えられなかったので、月曜日の朝に伝えようと思います。

国語人としては、20分のプレゼンを作り、分かりやすい言葉で伝えるという目的を達成できたことも大きな収穫でした。また、公開協議会での生のやりとりは楽しく、刺激のあるものでした。

それと、この研究は予算との兼ね合いが影響する研究だったので、苦肉の策として、賞金の出る論文に応募していました。松下教育財団の論文の提出はこれからです。記憶が新鮮なうちにまとめてしまおう、と思います。夏にあるこちらの発表会は、持ち時間10分。これも今のうちに準備してしまった方が楽でしょう。

最後に、職場の実務的な力量の部分での振り返りも。
体育館の設備が古いので(舞台上のスクリーンなんて、一度下まで下ろして手で巻き上げて紐で縛るんです!!)お客さんをお待たせすることが多いのはしかたないのですが、電気とか暗幕とか、音量とか、マイクのスイッチとか、他にもいろいろ、指示がないと動かなかったり忘れている人がたくさんいました。やっぱりどこか他人事なんだなあ。毎年ある行事ではないので、運営面での反省をしっかりすることがあまりないことですが、働く姿勢に通じることのような気がします。

自分個人としては、今回のこの研究発表を通して、次に考えることがとてもはっきりしました。他の人に比べたらずいぶん遅いと思いますが、わたしはこの先どういう方向をめざしていくのか、いくつかの選択肢をもてた気がします。そのどこにスイッチするのか。明日から考えようと思いながら、気持ちよくよっぱらった夜でした。

メール、お花、ここへのコメントなどで今まで応援してくれたみなさん、ありがとうございました。
ここまで読んでくれた方にも感謝です。

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コメント

一つ、大きな仕事をした後って、気持ちいいですね。
まずはお疲れさまでした。

投稿: るな | 2009年1月24日 (土) 13時28分

サンキュー>るな
また遊んでおくれー。

投稿: 8 | 2009年1月24日 (土) 13時45分

お疲れ様でした!

投稿: ゴマ | 2009年1月24日 (土) 13時48分

お疲れ様でした。
8さんの充実した感じが伝わってきましたヨ!

時間が出来たらまた海で遊んでくださいね。

投稿: KEEMYAN | 2009年1月24日 (土) 18時49分

成功おめでとうございます!是非研究の内容を教えていただき、毎日子供に「勉強しろ」とノイローゼのように叫ばなければいけない迷える親子を、自ら学ぶお子さん達が集う知の森へお導きください。。。うちの子供は「なぜ、子どもたちは学ぶことをこれほど激しく忌避するようになったのか」(内田樹の研究室)の典型のような存在です。。。

投稿: ひ | 2009年1月24日 (土) 22時08分

お疲れさまでした。
やり遂げた充実感と喜びを胸に、また一段ステップアップですね。

お疲れさま会を開きましょう♪

投稿: ゆみ | 2009年1月24日 (土) 22時33分

うちの子の中学進学で、某大学教育学部付属の中学の先生のお話を聞きましたが、近所の公立中学の先生とのモチベーションの違いを見せ付けられました。その中学は教育学部付属なだけあって、大学で研究された教育のもろもろを実践する場としての機能をもってるのですが、とにかく熱心。そして卒業生に誇りを持ち彼らを信頼している。なんか8さんにそんな先生と通じるところを見たような気がします。僭越ながら・・・・

その学校はレベルはそうでもないのですが競争がとても激しく、うちの子は合格しそうにもないですが、チャレンジだけさせてみます。

投稿: タカバシ | 2009年1月24日 (土) 23時55分

業界外のみなさんからの、コメントの言葉が重みをもって響くことがよくあります。温かい言葉をありがとうございました。

少しずつ海遊びも復活させる所存でございます。よろしく>KEEMYANさん、ゆみさん、タカバシさん

雪遊びもね。いや「あの店」関係のが会う可能性高いかな。>ゴマちゃん

おとーさんも子どもの学習についていろいろ考えているんだなあって、あたりまえだけど、ちょっと感心してしまいます。>ひさん、タカバシさん

内田樹氏の本は読んでいませんが、自ら学ぶようになるであろうしかけとして環境を作ったから見てれば学ぶってわけではないんですよねえ。叫ぶことも多々ありますが、他の方法で子どもを奮起させるのが難しいところです。ただ、「やらされている感」をもたないように工夫することが大事なんだと思います。実は、かなり意図的だったりするんだけれど(教える内容は決まっているからね)、子どもにとっては、楽しい目的に向かって活動しているうちに、新しいことを学んじゃった、と思わせることができたらしめたって感じです。実は、いろんな手助けをしてお膳立てしてあげているんだけど、自分で考えてできたと思わせるような工夫が、学習意欲につながるのだと思います。マンツーマンはいいけど、親子の場合はまた別の苦労があるのだと思いますが。

国立の附属は、学校としての研究ももちろんですが、先生たちが個人個人で研究テーマをもっていると思います。ある意味では実験校的な役割をもっているので、教科書を全部やらなくても(学習内容を割愛するという意味ではなくて)保護者からクレームがついたり管理職からとがめられたりすることもないと思います。そういう意味で教師はけっこう自由です。研究に否定的な指導者もいないと思われます。そこが普通の公立と違うのだと思います。

わたしは今の立場にプライドをもっているわけで、公立だって捨てたもんじゃないぞ、と思ってやっています。学校の授業じゃわからないから塾に行く、と言われたくないです。公立はよくなくて私立はいい、とも言われたくないです。中学受験する場合ははっきり言って学校の学習内容だけでは無理ですが。
一部のダメダメな人や事がクローズアップされたり、こんなの現場ではずっと昔からみんなやってるよ、と思うものが突然有名になったり、一きょーしが何を言っても評価されないどころか、あげ足とられるかも、というようながんばっても報われない、誰も守ってくれない、という懐疑心やあきらめ感が漂っている部分もあります。
だから、サラリーマンとしてこなそうという方向に行くか、そんな時代背景の中にあってもクリエイティブな仕事として取り組むか、は公立、附属、という器の違いというより、個人の違いだと思います。

投稿: 8 | 2009年1月25日 (日) 00時47分

お疲れさまでした!あたいも、シュウシの口頭試問が24日の土曜日に終わりました。お互いに、新しい年に新しい出発ですね。また、美味なビールを沢山飲みましょう!

投稿: (な) | 2009年1月25日 (日) 21時45分

コメントありがとうございます。いつも今日こそは冷静に勉強を教えようと最初は思うのですが、途中で親が先にキレてしまいます。。最近は、ややあきらめ気味です。。

投稿: ひ | 2009年1月27日 (火) 23時27分

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